【憧れという熱病】
その中で頭角を現し、商業活動へ移行して成功した作家さんがいました。
諸説ありますが、ここでは下記の御三方を取り上げます。
斬新な絵柄、作風で人気を得た高河ゆん先生。
華麗なビジュアル作品と生き様で乙女たちの度肝を抜いた尾崎南先生。
ハイエンドとも称された圧倒的画力を誇るCLAMP先生。
各先生方は、思春期の同人少女たちに熱狂的に愛され、「同人少女は高河ゆん・尾崎南・CLAMPのいずれかを必ず一度は通る」とまで言われました。今でこそ珍しくありませんが、当時は同人出身で商業でここまでの人気を得た作家さんは少なく、作品自体はもちろん、先生方ご自身が憧れのカリスマ的存在だったのです。
先生のような作品が描きたい。
先生のような大手サークルになりたい。
先生のようなライフスタイルに――――。
アイドルに憧れる少女たちがそうであるように、乙女たちも先生方の模倣を始めます。当時の代表的な作風は以下の通りです。
・退廃的なポエムやモノローグ。
・謎のリボンで拘束されたキャラクター。
・ナチスの軍服を着せる。
・90年代ビジュアル系のようなファッション。
・とにかく血と羽と十字架。
・必要以上に英文を使う。
大多数の同人少女がこの熱病に侵され、若々しい作品を生み出していきました。
【そしてトラウマへ】
ところが、とかく流行は過ぎていくもの、熱病はさめるもの。思春期を過ぎ大人になるにつれて、同人少女たちは自らが生み出した迷作に苦しみ出すようになります。
何でこんなもの描いてしまったんだろう…。
何でこんなものを得意気に友人に見せてしまったんだろう…。
若かったんだと微笑ましく忘れるには、それらの作品は少々パンチが効きすぎていました。
そしてこの恥ずかしさが、御三方に熱狂した年齢層の腐女子の中で、一種風土病に近いトラウマとなって沈殿していきます。
若いころの振る舞いが恥ずかしいなんて、誰にでもあることなのではないか?そう思われる方も多いでしょう。しかしこのトラウマは、自作品だけに限らず、上記のような条件を少しでも備えた作品にもまんべんなく適応されてしまいます。
20代後半~30代の腐女子の多くは、キャラクターがポエムを吐き、十字架をしているだけで、恥ずかしい記憶が鮮明に蘇り、純粋に作品を楽しむことが出来なくなる症状に罹っているのです。
「BLEACH」「最遊記」などがこれに該当するでしょうか。
双方とも一般層や若い層に人気のある作品なのに、同人界では大ブレイクしなかった理由が、ここにあるのではないかと管理人は考えます。